F2334 新品!光の残像 天然絶品ダイヤモンド5.00ct 最高級18金無垢ユニセックスセレブリティリング サイズ13号 重量20.61g 縦幅17.8mm


以下、所謂ブラクラ妄想ショートショートです〜〜

光の残像
第一章:重さ20.61グラムの遺品
時給千円のコンビニエンスストアの夜勤を終え、朝靄が立ち込める大阪の街を、古びた自転車で走り抜ける。東雲色の空が、昨夜の雨で濡れたアスファルトを鈍く照らし出す。僕、相田健司(あいだ けんじ)、25歳。大学を中退し、特に夢もなく、ただ息をしているだけの毎日。そんな僕の日常は、一本の電話によって唐突に終わりを告げた。ほとんど没交渉だった母方の祖父、高遠亮(たかとお りょう)が亡くなったという知らせだった。
葬儀は身内だけでひっそりと行われた。母は最後まで顔を見せず、結局、祖父の小さなアパートの遺品整理を僕が一人で引き受けることになった。埃っぽい六畳一間の部屋には、老人の孤独な生活の痕跡だけが漂っていた。価値のあるものなど何一つないように思えた。押し入れの奥、古い布団の間に、黒檀で作られた小さな箱を見つけるまでは。
手に取ると、ずしりと重い。蓋を開けた瞬間、息を呑んだ。そこに収まっていたのは、まばゆい光の奔流だった。無数のダイヤモンドが敷き詰められた、円形のプレートを持つ指輪。その下には、一枚の古びたプラスチックカードが添えられていた。『宝石鑑別書』と印字されている。
僕はその指輪をそっとつまみ上げた。指輪の側面とバンド部分には、プレートの白とは対照的な、温かい黄金色が使われている。貴金属の重みが、手のひらに確かな存在感を示す。一体これは何なんだ? 祖父は、年金暮らしのしがない老人だったはずだ。
部屋の蛍光灯の下で、改めて鑑別書を眺める。
『NGL NO. 2079996』
その番号が、この石の戸籍のように思えた。
『鑑別結果』の欄に、無機質な明朝体で記された情報が目に飛び込んでくる。
鉱物名:天然ダイヤモンド
宝石名:ダイアモンド
当たり前のことのようだが、その「天然」という二文字が、この光が地球の奥深くで、想像もつかないほどの時間をかけて生まれた奇跡であることを物語っていた。
カットの形状:ラウンドブリリアントカット
一つ一つの石が、最も効率よく光を反射するように計算し尽くされた形。だからこれほどまでに、小さな光も漏らさず輝きに変えるのか。
重量:5.00ct 刻印
ゴカラット。その響きが現実離れしていた。祖父の部屋の家賃が、この指輪の百分の一の価値もないだろう。
寸法:枠付きの為 削除
色:無色 透明
まるで、何の混じり気もない魂の結晶。純粋な光そのものだった。
備考:貴金属品位刻印 K18 Pt900
ああ、だから二色なのか。バンドの温かい金色がK18、そして無数のダイヤモンドを寸分の狂いもなく支える、冷たくも強靭な白い金属がプラチナ900。情熱と冷静、光と影。相反する二つが、この小さな輪の中で完璧な調和を保っている。
僕は自分の指にはめてみた。サイズは少し大きい。鑑別書には記載がないが、後日調べたところ、それは「サイズ13号」だった。男性にしてはやや小さく、女性にしては大きい。まさに「ユニセックス」という言葉がふさわしい。圧倒的な存在感を放つその指輪は、僕の薄汚れた指には全く似合わなかった。その「縦幅17.8mm」もある円形のプレートが、僕の指の第一関節をほぼ覆い隠してしまう。その重さ、「重量20.61g」。たった20グラム強のはずなのに、祖父の、いや、僕の知らない誰かの人生そのものの重さが、ずっしりと指にのしかかるようだった。
これは一体、何なんだ。祖父はこれをどこで手に入れたのか。この指輪は、一体誰のために作られたのか。僕の心に、初めて「知りたい」という強い感情が芽生えた。それは、僕の灰色の日々に差し込んだ、最初の光だった。
第二章:ノーブルジェムグレーディングラボラトリーの記憶
翌日、僕は鑑別書に記載されていた住所を頼りに、大阪市中央区にあるという『NOBLE GEM GRADING LABORATORY(ノーブルジェムグレーディングラボラトリー)』を訪ねた。古びた雑居ビルのワンフロアに、その研究所はひっそりと存在していた。受付で事情を話すと、奥から白衣を着た初老の男性が現れた。白髪をきれいに撫でつけた、鑑定士らしい厳格な雰囲気を持つ人物だった。名を、柏木と名乗った。
「NGL NO. 2079996、ですか。随分と古い番号ですね」
柏木はそう言うと、指輪と鑑別書を受け取り、ルーペを目に当てた。彼の指が、熟練の動きで指輪の角度を変える。ダイヤモンドのパヴェセッティング、K18とPt900のコンビネーション、そして内側に刻まれた微細な刻印。彼の目が、一瞬、懐かしむように細められた。
「…間違いない。これは、私がまだ若かった頃に鑑別した指輪です。30年以上も前になる。こんな傑作、忘れるはずがありません。当時、私達はこれを『スーパーノヴァ』と呼んでいました」
「スーパーノヴァ…超新星、ですか?」
「ええ。まるで星が爆発した瞬間の光を、そのまま閉じ込めたようでしょう? これほどのクオリティとデザイン性を持つ指輪は、後にも先にも見たことがない。特にこの石留めは見事だ。一つ一つのラウンドブリリアントカットが、互いの輝きを最大限に引き立てあっている。まさに光の絨毯だ」
柏木は、鑑別書に書かれた『鑑別方法』の項目を指でなぞった。
「我々はこの石の真実を見極めるために、あらゆるテストを行いました。『拡大検査』で内包物の有無を調べ、『蛍光性』で紫外線への反応を見る。『屈折率』『分光性』『偏光性』…FT-IRや紫外可視分光装置といった最新機器も使ってね。多色性も調べましたが、これほどの無色透明なダイヤモンドには、それは見られませんでしたが…。そういった機械的な検査だけでは分からない、作り手の魂のようなものが、この指輪には宿っている」
彼の言葉には、単なる鑑定士としての見解を超えた、深い敬意が込められていた。
「これを作ったのは、当時ミナミで最高の腕を持つと言われた職人、田中誠二氏です。そして、これを注文したのは…」
柏木はそこで言葉を切り、僕の顔をじっと見つめた。
「あなたは、高遠亮という人物をご存知ですか?」
「…僕の、祖父です」
その答えを聞くと、柏木は深く頷いた。
「そうでしたか。やはり…。ならば、この指輪は正当な持ち主の手に渡ったわけだ。高遠亮。80年代の音楽シーンを彗星の如く駆け抜けた、伝説のロックシンガー。彼が、この『スーパーノヴァ』の最初の所有者です」
ロックシンガー? あの、年金暮らしで孤独に死んでいった老人が? 信じられなかった。僕の知る祖父の姿とは、あまりにもかけ離れていた。
「高遠氏は、この指輪を『成功の証』として作らせました。最高の素材で、最高の輝きを持つ、誰にも真似できないリングを、と。彼はこれを『セレブリティリング』と呼び、常に身につけていました。K18のゴールドは彼の燃えるような情熱、Pt900のプラチナは彼の決して錆びることのない才能。そして5.00ctのダイヤモンドは、彼を照らす無数のスポットライト。彼はそう語っていましたよ」
柏木の話を聞きながら、僕は指輪を見つめた。ただの豪華な宝飾品だと思っていたものが、今や祖父の人生の象徴として、全く違う意味を持ち始めていた。成功、情熱、才能、名声。僕が持っていない、その全て。
「ですが」と柏木は続けた。「光が強ければ、影もまた濃くなる。彼はこの指輪を手に入れたことで、何か大切なものを失ったのかもしれない。…もし、あなたがこの指輪の本当の物語を知りたいのなら、一人、訪ねてみるべき人物がいます」
柏木は一枚のメモ用紙に、名前と住所を書き記してくれた。
『北條美也子(ほうじょう みやこ)』
そして、その下には、静かな住宅街の住所が記されていた。
第三章:光と影のミューズ
柏木に教えられた住所は、古都の風情が残る閑静な場所にあった。風格のある日本家屋の呼び鈴を鳴らすと、凛とした佇まいの女性が姿を現した。年齢は60代半ばだろうか。手入れの行き届いた髪、深く澄んだ瞳。彼女が、北條美也子だった。
僕が事情を話し、祖父の遺品である指輪を見せると、彼女の表情が微かに揺れた。家に招き入れられ、通された客間で、彼女は静かにお茶を淹れてくれた。その指は細く長く、けれど力強さを感じさせた。
「…その指輪を、見るのは久しぶりね。『スーパーノヴァ』。亮さんがそう呼んでいたわ」
美也子の声は、穏やかで、けれどどこか寂しげな響きを持っていた。
「あなたが、亮さんのお孫さん。…そう、あの子の子供が、もうこんなに大きくなったのね」
「あの子、とは…?」
「あなたの、お母様のことよ」
美也子は、僕の知らない祖父、高遠亮の物語を語り始めた。彼女は、彼のミューズであり、誰にも知られていない恋人だった。二人が出会ったのは、亮がまだライブハウスで歌っていた無名の時代。美也子は彼の才能を信じ、ずっと側で支え続けた。
「亮さんは、本当に純粋な人だった。音楽のためなら、全てを犠牲にできる。彼の作る音楽は、彼の魂そのものだったわ」
やがて亮の才能は世間に見出され、彼はスターダムを駆け上がっていく。その成功の頂点で、彼はこの指輪を作った。
「『F2334』。これは、彼が最初に作った曲の、制作コードだったの。誰にも分からない、私と彼だけの合言葉。それを、この指輪の管理番号にしたのよ。まるで、成功の証に、私たちの始まりの記憶を刻み込むみたいに」
彼女の言葉に、僕はオークションサイトで偶然見かけた、ある商品の番号を思い出していた。まさに『F2334』。新品として出品されていた、この指輪と酷似したレプリカだったのかもしれない。祖父は、オリジナルの指輪を、何を思って手元に残し続けたのだろう。
「彼はこの指輪を『新品の魂のままでいたい』という願いを込めて作ったわ。汚れる前の、純粋な輝き。でも皮肉なものね。この指輪を手にした時から、彼の魂は少しずつ曇っていったのかもしれない」
富と名声は、亮を少しずつ変えていった。彼の周りには常に人が群がり、彼自身もその喧騒の中に身を投じるようになった。ユニセックスなデザインは、彼の両性具有的な魅力を象徴し、多くの人々を惹きつけたが、その誰にも帰属しない魅力は、誰のそばにも留まらない孤独の裏返しでもあった。
「ある日、彼は言ったわ。『この指輪は、俺そのものだ。だが、お前の指には大きすぎる』と。確かに、サイズ13号は私の指には大きすぎて、ぶかぶかだった。彼は、私ではなく、彼自身のためにこの指輪を作ったの。K18のバンドは彼の情熱、Pt900の石座は彼のプライド。5カラットのダイヤは、彼が浴びる喝采。そこに、私の居場所はなかった」
やがて、美也子は亮の元を去った。彼が、僕の母の存在を世間から隠し続けると決めたことが、決定的な理由だった。スターとしての自分を守るために、彼は父親であることから逃げたのだ。
「彼は光を選び、私とあなたの母を、影の中に置き去りにした。…それが、この指輪が持つ、もう一つの物語よ」
美也子の瞳には、涙が浮かんでいた。それは、30年以上の時を経ても癒えることのない、深い悲しみの色をしていた。祖父が手にした栄光の裏にあった、二人の女性の犠牲。指輪の重さが、今度は罪の重さとなって、僕の心に突き刺さった。
第四章:亡霊の囁き
祖父の過去を知り、僕の心は混乱していた。尊敬すべき芸術家としての祖父と、家族を捨てた冷酷な男としての祖父。その二つの顔が、K18とPt900のように、僕の中で溶け合わずに存在していた。そんな僕の前に、新たな人物が現れた。黒田と名乗る、美術商だった。
黒田はどこで嗅ぎつけたのか、僕が『スーパーノヴァ』を所有していることを突き止め、接触してきた。初老の、いかにも抜け目のないといった印象の男だった。
「F2334、高遠亮の『スーパーノヴァ』。いやはや、本物にお目にかかれるとは。まさに絶品の天然ダイヤモンド。この輝き、この重量感。最高級18金無垢とプラチナのコンビ。これぞ本物のセレブリティリングだ」
黒田は指輪をうっとりと眺めながら、矢継ぎ早に賛辞を並べた。
「実は私、かつて高遠亮のマネージャーをしていた時期がありましてね。彼を売り出し、スターにしたのは、この私だと自負しております。ですから、彼の最高傑作であるこの指輪は、私が引き取るのが最もふさわしい」
彼は、僕に法外な金額を提示した。その金があれば、コンビニのバイトなどすぐに辞め、一生遊んで暮らせるだろう。一瞬、心が揺らいだ。この指輪は、僕にとって呪いのようなものだ。手放してしまえば、楽になれるかもしれない。
「高遠はね、才能はあったが、愚かな男だった。成功に酔いしれ、自分を見失った。美也子さんという素晴らしい女性を捨て、自分の子供の存在さえもみ消そうとした。彼はこの指輪の重さに、最後には潰されてしまったのですよ」
黒田は嘲るように言った。
「君が持っていても、何の価値もない。ただの重い遺品だ。それよりも、現実的な価値に換えたまえ。それが賢い選択というものだ」
彼の言葉は、僕の心の弱い部分を的確に突いてきた。そうだ、これはただの過去の遺物だ。僕の人生とは何の関係もない。しかし、手放そうとすると、指輪が放つ無色透明の光が、僕に何かを問いかけてくるような気がした。
美也子に、黒田のことを話した。すると、彼女は静かな怒りを込めて言った。
「黒田は、亮さんを利用しただけの人。彼の音楽を金儲けの道具としか見ていなかった。亮さんがおかしくなっていったのは、黒田のような人間が周りに集まりだしてからよ。あの人は、亮さんの影の部分を増幅させた元凶だわ」
美也子によれば、黒田は亮の死後、彼の遺品を金に換えようと躍起になっているという。この指輪は、その最後の、そして最大の獲物なのだ。
「亮さんは、晩年、とても後悔していた。失ったものの大きさに、ようやく気づいたの。彼は、この指輪を売らずに、ずっと手元に置いていた。それは、自分の犯した過ちの証として、忘れないために。そして、いつか…いつか、あなたに渡すために」
「僕に…?」
「そう。あなたに、自分の人生を語るために。彼は、言葉で謝る勇気がなかった。だから、この指輪に全てを託したのよ。自分の栄光も、愚かさも、後悔も、全て。この5カラットの輝きは、彼の涙の結晶でもあるのよ」
黒田の甘い囁きと、美也子の悲しい真実。僕は、二つの引力の間で引き裂かれそうになっていた。この指輪は、僕にとって一体何なのか。金か、それとも、家族の物語か。答えは、まだ見つからなかった。
第五章:光の真実
僕はもう一度、鑑別書を手に取った。
『Method of Identification(鑑別方法)』
そこに並んだ科学的な単語たちが、まるで人生の教訓のように思えてきた。
『拡大検査』。物事の真実は、表面だけを見ていては分からない。細部まで、目を凝らさなければならない。僕は、祖父の成功という表面だけを見ていた。その下に隠された、家族の犠牲や後悔から目をそらしていた。
『屈折率』。光が物質の中を通る時、その進路は曲がる。人の心も同じだ。様々な経験や出会いによって、その生き方は曲げられていく。祖父の人生も、名声という強い光によって、大きく屈折してしまったのだろう。
『吸収スペクトル』。ある物質が、どの色の光を吸収するか。それは、その物質が何でできているかを示す。人間もまた、人生で何を吸収し、何を自分の血肉としてきたかで、その人となりが決まる。祖父は、喝采と富を吸収し、家族の愛を弾き返してしまった。
僕は決心した。黒田に会って、けりをつける。
ホテルのラウンジで、黒田は勝ち誇ったような笑みを浮かべて僕を待っていた。
「どうやら、賢明な判断ができたようだね」
僕は黙って指輪をテーブルの上に置いた。その輝きに、黒田の目がギラリと光る。
「結構だ。では、約束の…」
「断ります」
僕は、彼の言葉を遮って言った。
「この指輪は、売りません」
黒田の顔から笑みが消えた。「何を言っている。君には不相応な代物だと言ったはずだ」
「ええ、不相応です。今の僕には。でも、これは祖父の人生そのものなんです。あなたが金儲けの道具にしか見えないこの指輪には、祖父の成功と、後悔と、そして僕の母と僕への、言葉にできなかった謝罪が詰まっている。あなたには、この『重量20.61g』に込められた、人生の重さが分からないでしょう」
僕は指輪を掴み、立ち上がった。
「僕はこの指輪と共に、生きてみることにします。祖父が何を見て、何を失ったのか。この輝きと重さを、道しるべにして。僕自身の人生を、これから見つけていきます」
黒田は呆然としていた。僕は彼に背を向け、ラウンジを後にした。外に出ると、西の空が燃えるようなオレンジ色に染まっていた。手のひらの中の指輪が、その光を受けて、静かに、だが力強く輝いていた。それはもはや、僕を惑わす虚栄の光ではなかった。僕の未来を照らす、希望の光だった。
最終章:受け継がれるもの
僕は、母のアパートを訪ねた。母は僕が指輪を持っていることを知ると、何も言わず、ただ悲しそうに目を伏せた。
「ごめん…」
僕がそう言うと、母は驚いたように顔を上げた。
「おじいさんのこと、何も知ろうとしなくて。母さんがどうしてあんなに頑なだったのか、その理由も考えずに…」
僕はテーブルの上に、そっと指輪を置いた。そして、美也子から聞いた全てを話した。祖父の栄光と孤独、そして深い後悔。母は黙って聞いていたが、やがてその目から大粒の涙がこぼれ落ちた。それは、父に捨てられた娘としての、長年の悲しみが溶けていく音のようだった。
「あの人は、ずっと一人で、あんな重いものを抱えていたのね…」
母は震える指で、指輪に触れた。
「綺麗ね…。これが、あの人の見ていた光…」
K18の温かいゴールドと、Pt900の冷静なプラチナ。その二つの金属に支えられた5カラットのダイヤモンド。それは、不器用で、矛盾を抱え、それでも懸命に生きた一人の男の、人生の縮図だった。
僕たちは、その日、夜が更けるまで語り合った。今まで決して触れることのなかった、家族の空白を埋めるように。指輪はテーブルの中央で、僕たち二人を静かに見守っていた。その無色透明の輝きは、僕たちの間にあったわだかまりを、洗い流してくれるようだった。
数日後、僕はコンビニに辞表を出した。そして、小さな町工場で、金属加工の見習いとして働き始めた。いつか、自分の手で何かを生み出せる人間になりたいと思ったからだ。それは、祖父が音楽に込めたような、魂のこもった何かを。
あの指輪は、今も僕の机の上の、小さな箱の中に仕舞われている。僕がそれを指にはめることは、もうないだろう。あれは、僕が身につけるにはあまりにも大きく、重すぎる。
でも、時々、僕は箱の蓋を開ける。そして、指輪が放つ、強く、気高い光を見つめる。
NGL NO. 2079996。
F2334。
天然絶品ダイヤモンド5.00ct。
最高級18金無垢ユニセックスセレブリティリング。
サイズ13号、重量20.61g、縦幅17.8mm。
それらの記号や数字は、もはや無機質なデータではない。それは、僕に繋がる、一つの壮大な物語のタイトルなのだ。
祖父、高遠亮は、光を追い求め、そして光に焼かれた。しかし、彼が残した最後の光は、確かに僕の元に届いた。僕は、この光を絶やさないように、自分の足で、自分の人生を歩いていく。
いつか僕が人生の岐路に立った時、この指輪はきっと、その無色透明の輝きで、進むべき道を照らしてくれるだろう。祖父が遺した光の残像は、僕の中で、永遠に輝き続けるのだ。