難波田龍起 『人影』 銅版画集「街と人」より  1978年制作  直筆サイン入り  限定75部  額装 【真作保証】 難波田 龍起


日本的抽象の創造と展開をリードした 難波田龍起 銅版画作品『人影』です。
   これは 1978年に制作された 難波田龍起 銅版画集「街と人」(7) の中の1点です。
   直筆サイン入り 限定75部 額装品 【真作保証】です。万が一「真作」でなかった際には返品をお受け致します。
   この作品は、北海道立美術館に収蔵されています。
*難波田龍起ファンの皆様、作品を探されていた方、作品を気に入った方、ぜひこの機会にコレクションに加えてください。
 
・作家名:難波田龍起(なんばたたつおき)19051997
・作品名:『人影』 難波田龍起 銅版画集「街と人」(7)より
・技法:銅版
・イメージサイズ:約20.5 cm×約11.5 cm
・額装サイズ:約50.5 cm×約40.5 cm
・制作年:1978年 現代版画センター発行
・エディション:75
・作品下部に直筆のサインとエディションの記載があります。
・作品の状態:良好です。額も良好です。
 画像でご確認ください。
 
難波田龍起(なんばた たつおき)19051997
難波田龍起は、70年以上におよぶ画家としての活動を通し、一貫して真摯な姿勢をつらぬき、生涯、自身の内面との対話の中から、日本的詩情あふれる抽象表現の可能性を追求しつづけました。彼の作品から広がる晴朗、澄明な抽象の世界は、一人の人間がその「生」をかけて取り組むことによってのみ得られる、魂の結晶とも呼ぶべき輝きに満ちています。そしてその輝きは、画面上に表現される色調(トーン)と形象(フォーム)に対する彼の徹底した厳しさによって支えられています。
 
<略歴>
1905(明治38)年:北海道・旭川に生まれる。翌年、一家で上京。
1923(大正12)年:早稲田第一高等学院に入学。高村光太郎を知る。
1927(昭和02)年:高村光太郎と一緒に見たゴッホの作品に感動、画家を志す。
1928(昭和03)年:光太郎から川島理一郎を紹介され、師事する。
1933(昭和08)年:松本竣介、鶴岡政男らと親交を深める。
1937(昭和12)年:自由美術家協会結成に会友として参加。翌年、会員に推挙される。
1946(昭和21)年:日本美術会発足に委員として参加。
1947(昭和22)年:第1回美術団体連合展、第1回日本アンデパンダン展(日本美術会主催)に出品。
1953(昭和28)年:国際アートクラブ・日本支部発足にともない会員となる。
1956(昭和31)年 :「世界・今日の美術展」に出品する。
1957(昭和32)年 :文化服装学院講師となる(19813月まで)。
1971(昭和46)年:紺綬褒章を受章する(76818385年にも受章)。
1974(昭和49)年 :次男・史男が瀬戸内海でフェリーから転落死。翌年には長男・紀夫も死去する。
1982(昭和57)年:北海道立旭川美術館、北海道立近代美術館で「形象の詩人 難波田龍起展」が開催される。
1987(昭和62)年:東京国立近代美術館で「今日の作家 難波田龍起展」が開催される。
1994(平成06)年:世田谷美術館で「難波田龍起展 1954年以後~抽象の展開・生命の輝き」が開催される。
1996(平成08)年 :文化功労者に顕彰される。
1997(平成09)年 118日肺炎のため死去(享年92)。
出典:東京オペラシティアートギャラリー