F4242 これはあえて仕上げなしで!グッチ 750WG無垢ブレス、金声玉振の輝き。相克の魂を繋ぐ白金の鎖




タイトル:F4242 グッチ 750WG無垢ブレス、金声玉振の輝き。相克の魂を繋ぐ白金の鎖

ご入札をご検討いただき、誠にありがとうございます。
これは単なる宝飾品ではございません。一つの物語であり、哲学であり、これから人生の荒波に漕ぎ出す、すべての勇敢なる魂に捧げる護符(アミュレット)でございます。
長文となりますが、このジュエリーが宿す本当の価値をご理解いただくため、しばし私の拙い筆にお付き合いいただければ幸いです。

第一章:鎌倉の湿気と、若者の焦燥

梅雨時の鎌倉は、粘つくような湿気が谷戸の奥まで満ち満ちて、紫陽花の色さえもじっとりと重く目に映る。儂、陶芸家・硯山(けんざん)は、そんな空気を肺に溜め込み、己の轆轤(ろくろ)の上で踊る土の気配を読んでいた。土は嘘をつかん。湿気を吸えば緩み、乾けば強張る。人の心と同じじゃ。素直なものよ。
「先生、ごめんください」
工房の引き戸の向こうから、聞き慣れた、しかしどこか追い詰められたような声がした。弟子の祐介だ。三年前に年季が明けて独立したが、今でもこうして、何かにつけて儂の元を訪れる。
「入れ。戸は開いておる」
儂は轆轤を回す手を止めずに応えた。キィ、と湿気で軋む戸を開けて入ってきた祐介の顔は、鎌倉の空模様そのものじゃった。晴れ間を求めるような焦燥と、どうにもならぬ諦念の雨雲が入り混じっておる。手には、場違いなほど瀟洒な、紺色の小さな紙袋を提げていた。
「なんだその面は。女にでも振られたか」
「いえ、そういうわけでは…逆です」
「逆? 孕ませでもしたか」
「先生! 違います! 結婚することになったんです」
祐介は顔を真っ赤にして否定した。儂は轆轤を止め、傍らの手桶の水で手を洗いながら、その顔をじろりと見た。なるほど、喜びというよりは、大きな荷物を背負わされた男の顔じゃ。
「ほう。で、それがなぜそんな浮かない顔になる。相手がよほどの不美人か」
「滅相もございません! 彼女は…その、聡明で、美しくて、僕にはもったいないくらいの人です。性格も穏やかで、趣味も合う。喧嘩なんてしたこともありません」
「ふん」
儂は鼻を鳴らした。つまらん。実に、つまらん話じゃ。趣味が合う、喧嘩をしたことがない。それはつまり、互いの腹の底を見せ合っていないということじゃ。上辺だけの、薄っぺらな関係よ。まるで大量生産の安物の染付磁器じゃな。絵柄は綺麗だが、何の面白みもない。
「それで、その手に提げたものはなんだ。儂への結納の品か。安物なら叩き返すぞ」
「ち、違います! これは、彼女に贈る婚約の印でして…。先生の、その…ご意見を伺えればと」
祐介はおずおずと紙袋から小さな箱を取り出し、儂の前に差し出した。箱には「GUCCI」と型押しされておる。イタリアのブランドか。儂は眉をひそめた。儂が好むのは、土と火と釉薬が織りなす、二つとない景色じゃ。金や銀で飾り立てた、誰が作っても同じ顔になるような代物に興味はない。
「儂にこれの何がわかる。ブランド物など、値札が全てであろうが」
「いえ、先生は物の本質を見抜かれるお方ですから。これが、僕たちの門出にふさわしいものかどうか…」
面倒なことよ。しかし、この若者の追い詰められた顔を見ていると、無下にもできん。儂はため息をつき、その箱を受け取った。

第二章:白金の鎖と、イタリアの魂

ずしり、と。見かけによらぬ重みが掌に伝わった。安物のメッキではない。無垢の金属の、正直な重さじゃ。蓋を開けると、鈍い、しかし奥深い光を放つ銀色の腕輪が鎮座していた。
「ふむ…」
儂はそれを指でつまみ上げ、光に透かした。それは、鎖の形をした腕輪じゃった。鎖の一つ一つが、アルファベットの「G」を二つ、背中合わせにしたような意匠になっておる。そして、その連なりの先に、留め具として一本の棒(Tバー)と、それを潜らせるための大きな円環(マンテル)があった。円環は、鎖の意匠と同じく、二つの「G」を組み合わせた巨大なロゴそのものじゃ。
「グッチ、というやつの品か」
「はい。型番はF4242というそうです」
F4242。記号じゃな。儂の作る茶碗には、一つ一つに「松風」だの「山霞」だのといった銘をつける。それは、その器が持つ固有の景色、魂を言い表すためじゃ。記号で呼ばれる品に、魂など宿るものか。
儂は工房の隅にある作業台にそれを置き、眼鏡を取り出して、まじまじと観察を始めた。
「ほう…これは面白い」
まず、その質感。白金(プラチナ)かと思ったが、祐介が言うには「750WG」、つまりホワイトゴールドだという。750というのは、純金が1000分の750、つまり18金ということじゃ。残りの250に、パラジウムや銀などを混ぜて、黄金の色を白く見せる。つまり、これは純粋な一つの金属ではない。混じり物じゃ。だが、その混ざり具合が、この独特の落ち着いた輝きを生み出しておる。純粋であることが必ずしも至上ではない。陶芸で言えば、単一の土だけでは良い器はできん。粘りを出す蛙目(がいろめ)粘土、骨格となる木節(きぶし)粘土、そして焼き上がりの肌合いを決める砂や長石。それらを絶妙に配合することで、初めて火に耐え、用の美を宿す土となる。このホワイトゴールドも同じことよ。
次に、その重さ。祐介は「23.85グラムです」と得意げに言った。数字はどうでもいい。この掌に感じる、確かな存在感。軽薄ではない、誠実な重みじゃ。この重みは、素材の正直さから来る。
儂はルーペを取り出し、留め具の円環の内側を覗き込んだ。そこには、極小の刻印がいくつも打たれておる。
「これを見ろ、祐介」
儂はルーペを祐介に渡した。
「刻印…ですか?」
「うむ。まず、菱形の中に『750』とある。これが18金であることの証明じゃ。そして、その隣。『☆1537 AR』。これはイタリアのホールマークじゃ。ARは、宝飾産業で名高いトスカーナ州のアレッツォ県の印。1537は、その県に登録された製造者の番号じゃ。つまり、これは『儂はアレッツォの1537番の工房で作られた、正真正銘の18金製品である』という、職人の宣誓であり、誇りなのじゃ」
さらに、大きなGのロゴの裏側には、これまた小さな文字で「 GUCCI made in italy」と刻まれておった。
「見ろ。made in italy。イタリア製。ただの工業製品ではない。ルネサンスの昔から、美を追求し続けてきた国の職人たちが作ったという自負が、この小さな文字に込められておる。グッチオ・グッチという男がフィレンツェで高級皮革店を開いたのが1921年。フィレンツェの職人たちの手仕事が、その原点じゃ。馬具に着想を得たデザインが多いのも、元はと言えば、貴族たちのための旅行鞄や馬具を作っていたからよ。この腕輪の鎖の形も、馬具の『銜(はみ)』の形から来ていると言われる。機能的な形が、時を経て洗練され、装飾としての美を獲得した。用の美じゃ。儂の作る茶碗と同じ地平にある」
儂は腕輪を指でなぞった。鎖の連結部分、GとGが組み合わさる部分。どこにも鋳造の継ぎ目(バリ)が見えぬ。滑らかに磨き上げられ、肌に触れた時の感触まで計算され尽くしておる。幅は15.1ミリ。存在感がありながら、決して下品ではない。長さ17センチというのも、日本人女性の標準的な手首に合わせた、絶妙な寸法じゃろう。
「どうだ、祐介。お主はこれをただのブランド品、記号の羅列だと思っていたであろう。だが、ここにはイタリアの職人の歴史と誇り、計算され尽くした用の美、そして素材への誠実さが詰まっておる。これは、まごうことなき『本物』じゃ」
儂の言葉に、祐介は目を丸くしていた。
「先生…そんな風に見たことありませんでした。ただ、綺麗で、有名で、彼女が喜ぶかと思って…」
「それが素人の浅はかさよ。だが、お主の目は曇ってはいなかった。無意識のうちに、本物を選び取った。それは褒めてやる」
儂は腕輪を作業台に置いた。カチリ、と硬質で涼やかな音が工房に響いた。
「この腕輪は、金声玉振(きんせいぎょくしん)の作じゃ。古代中国の言葉で、始めから終わりまで、全てが見事に調和している傑作を指す。デザイン、素材、仕上げ、歴史的背景。そのどれもが欠けることなく、一つの高みで融合しておる。婚約の印としては、これ以上ない品であろう」
祐介の顔が、ぱあっと明るくなった。まるで梅雨空に差した一筋の光じゃ。
「本当ですか! ありがとうございます、先生!」
「だがな」
儂は、その若者の喜びの顔に、冷や水を浴びせるように言葉を続けた。
「この腕輪がふさわしいかどうかは、お主たちの関係性による。そして儂の見る限り、お主たちは、この腕輪を持つに、まだ値しない」
「え…」
光は一瞬でかき消え、再び土砂降りの雲が祐介の顔を覆った。

第三章:夫婦という名の、異種格闘技

「腹が減った。何か食うぞ」
儂は立ち上がり、工房の奥にある台所へと向かった。祐介は、呆然としたまま、その場に立ち尽くしておる。
「ぼさっとするな。手を洗って手伝え。今朝、裏の小川で良い鮎が捕れた。塩焼きにする」
我に返った祐介が、慌てて後を追ってきた。
台所と言っても、土間に囲炉裏を切り、大きな木の調理台を置いただけの簡素なものじゃ。だが、道具は全て儂が選び抜いたものか、自ら作ったものばかり。鉄のフライパンは南部鉄器、包丁は堺の打ち刃物、そして米を炊く土鍋は、儂が焼いた信楽の土鍋じゃ。
儂は鮎の腹を裂き、内臓を取り出しながら、ぽつりと言った。
「祐介。お主、結婚というものを勘違いしておる」
「…勘違い、ですか」
「うむ。皆、勘違いしておる。結婚相手とは、自分と最も相性の良い、気の合う人間と一緒になることだと思っておる。趣味が合い、価値観が同じで、一緒にいて楽な相手。それが理想のパートナーだと信じて疑わん。馬鹿げたことよ」
儂は鮎に手際よく串を打ち、囲炉裏の灰に立てていく。ぱちぱちと、炭の爆ぜる音が静寂に響く。
「先生は、奥様と仲が良かったではないですか」
「仲が良い、か。ふん。儂とあいつほど、水と油のような夫婦もおらなんだわ。儂は偏屈で、癇癪持ちで、自分の美学に合わんものは徹底的にこき下ろす。あいつは、そんな儂を『また馬鹿なこと言って』と鼻で笑うような、肝の据わった女じゃった。儂が徹夜で窯焚きをして、命を削って生み出した茶碗を、こともなげに『あら、今回は少し歪んでるわね』などと言い放ちおる。儂が激昂すれば、『そんなに怒鳴らなくても聞こえてますよ』と涼しい顔。儂の作る器より、そこらにある安物のガラスのコップの方が使いやすいと平気で言う。趣味も価値観も、何一つ合わんかったわ」
祐介は信じられないという顔をしておる。
「それで…よく一緒にいられましたね」
「だから良いのじゃ。だから、続いたのじゃ」
鮎の焼ける、香ばしい匂いが立ち上ってきた。皮がぷつぷつと泡立ち、黄金色の焼き色がついていく。
「祐介、よく聞け。人間がこの世に生を受けてきた意味は、安楽に、快適に、楽しく暮らすためではない。そんなものは、家畜の生き方じゃ。人間が生まれてきた意味は、ただ一つ。『修行』のためじゃ。己の魂を磨き、鍛え、より高みへと昇らせるため。そのための、最高の修行の場が、何を隠そう『家庭』であり、その師であり、あるいは最も手強い好敵手となるのが『配偶者』なのじゃ」
「修行…ですか」
「そうだ。考えてみろ。気の合う、楽な相手と一緒にいて、何の成長がある? 己の欠点や未熟さを、誰が指摘してくれる? 互いに傷つけあうのを恐れて、当たり障りのない会話を繰り返し、上辺だけの共感を寄せ合う。そんなものは、魂の堕落じゃ。ぬるま湯に浸かって、ふやけていくだけよ」
儂は土鍋の蓋を取り、炊き立ての飯を茶碗によそった。儂が焼いた、少しだけ高台が歪んだ、しかし手にしっくりと馴染む飯茶碗じゃ。
「結婚とはな、自分と最も相性の悪い人間と、一つ屋根の下で暮らすことなのじゃ。価値観が違い、考え方が違い、生活習慣が違う。いちいち癇に障り、腹が立ち、時には憎しみさえ覚える。その相手と、どうにかこうにか折り合いをつけ、あるいは正面からぶつかり合い、血を流しながらも、共に生きていく。その過程こそが、何物にも代えがたい修行となる」
焼き上がった鮎を皿に乗せ、自家製の蓼酢(たでず)を添える。きゅうりの糠漬けも切って小鉢に盛った。質素だが、一つ一つの素材の力が漲っておる。
「さあ、食え。話はそれからじゃ」
二人、囲炉裏を囲んで黙々と食べた。鮎は、ほろ苦いわたの風味と、香ばしい皮、ふっくらとした身の甘みが、口の中で渾然一体となる。蓼酢のぴりりとした辛味が、その後味をきりりと引き締める。土鍋で炊いた飯は、一粒一粒が立ち、噛むほどに甘い。きゅうりの漬物の、熟れた酸味と歯ごたえ。
祐介は、涙を浮かべながら飯を掻き込んでいた。

第四章:不完全さの美学

しばらく、咀嚼する音と、囲炉裏の炭が爆ぜる音だけが響いていた。やがて、祐介が顔を上げた。その目には、先程までの焦燥とは違う、深い混乱と、ほんの少しの光が宿っておった。
「先生のおっしゃることは…あまりに厳しすぎます。なぜ、わざわざ茨の道を選ぶようなことを…」
「茨の道だからこそ、進む価値があるのじゃ。楽な道には、何も落ちておらん」
儂は食べ終えた鮎の骨を、綺麗に皿の上に並べながら言った。
「陶芸も同じことよ。轆轤を回し、完璧な円、完璧な厚みの器を作ることなど、今の機械を使えば造作もない。だが、そんな器に何の面白みがある? 儂のこの指が、土にわずかな揺らぎを与え、轆轤の回転が、意図せぬ歪みを生む。釉薬を掛ければ、火の神の気まぐれで、思いもよらぬ景色(けしき)が生まれる。ひびが入り(貫入)、釉薬が縮れ(かいらぎ)、石が爆ぜて跡になる(石はぜ)。それら全てが、その器だけが持つ、かけがえのない個性となり、魂となる。不完全さこそが、美の本質じゃ」
儂は、先程のグッチの腕輪を、囲炉裏のそばに持ってこさせた。揺らめく炎の光が、ホワイトゴールドの表面を滑り、鈍い輝きを放っている。
「この腕輪を見ろ。これは、一見すると完璧な工業製品じゃ。寸分の狂いもなく、計算され尽くしておる。だがな、その本質は『結合』にある。この『G』の形をした鎖。一つ一つは独立したパーツじゃ。それが、互いに組み合わされ、決して離れぬように繋がっておる。この結合部分にこそ、意味がある」
儂は腕輪の鎖の一片を指さした。
「このGと、隣のG。同じ形をしておるが、向きは正反対じゃ。互いに背を向け合っているようにも見える。だが、しっかりと組み合わさることで、一つの鎖として機能しておる。これこそが、夫婦の姿そのものではないか?」
「…」
「お主と、その婚約者。まるで合わせ鏡のように、何もかもが同じで、ぴたりと合う。それは、この鎖で言えば、同じ向きのGを無理やり重ねようとしているようなものじゃ。それでは鎖にはならん。ただの重なりじゃ。反発し、すれ違い、全く違う方向を向いている者同士が、それでもなお、離れずに共にいる。その間に生まれる緊張感、その摩擦熱こそが、関係を強固にし、本物へと鍛え上げていく。まるで、鋼を何度も折り返し、叩いて不純物を叩き出す、日本刀の鍛錬のようにな」
祐介は、腕輪と、儂の顔を、交互に見つめている。
「相性が悪い相手と暮らすのは、苦しいぞ。毎日が戦じゃ。己の我を殺し、相手の理不尽を受け入れねばならん時もある。相手の欠点を、己の鏡として見つめねばならん時もある。だがな、その苦しみの果てに、ふと気づく瞬間がある。『ああ、この人間がいてくれたから、儂はここまで成長できたのだ』と。憎み、愛し、許し、許される。その繰り返しの果てにしか、本物の情愛というものは生まれんのじゃ」
儂は、妻の顔を思い出していた。いつも小言ばかり言い、儂の芸術など少しも理解しようとしなかった、あの女の顔を。だが、儂が窯出しに失敗し、何日も工房に閉じこもって荒れていた時。黙って、握り飯と熱い茶を差し入れてくれたのは、あいつだった。儂が大家の陶芸家と大喧嘩をして、業界から干されかけた時。『あなたは間違ってないわ。好きなようにすればいい』と、背中を押してくれたのも、あいつだった。価値観は違えど、魂の根っこの部分で、どこか繋がっておった。いや、違うからこそ、互いに足りないものを補い合い、支え合えていたのかもしれん。
「その腕輪は、『F4242』という無機質な記号で呼ばれるかもしれん。だが、お主たちがこれから始める『修行』の証として身につけるならば、それは世界に二つとない、お主たちだけの物語を宿した『魂の鎖』となるじゃろう。この鎖のように、互いに反発し合いながらも、決して離れることのない、強靭な絆を築く覚悟があるか? 楽なだけの関係を捨て、己の魂を相手にぶつけ、磨き合う覚悟があるか? その覚悟があるならば、この『金声玉振』の腕輪は、お主たちの門出に、これ以上なくふさわしい」

終章:鎖の重みと、歩むべき道

工房に、再び静寂が戻った。囲炉裏の火も、少し勢いが弱まっている。
祐介は、長い間、俯いて何かを考えていた。やがて、ゆっくりと顔を上げ、その手で、グッチの腕輪を掴んだ。
その重みを、改めて確かめるように。
「先生…」
祐介の声は、まだ少し震えていたが、そこには先程までの混乱とは違う、ある種の覚悟が滲んでいた。
「僕はずっと、間違っていました。彼女といると、楽だったんです。自分を取り繕う必要もなくて、まるで空気のようでした。それが『運命の相手』なのだと信じていました。でも、それはただ、僕が楽な方へ逃げていただけなのかもしれません。彼女の本当の姿も、僕自身の本当の姿も、見ようとしていなかった…」
彼は腕輪をそっと箱に戻した。
「この腕輪を、彼女に渡します。そして、先生から今日お聞きした話を、僕自身の言葉で、正直に話してみようと思います。僕たちは、完璧なカップルじゃない。むしろ、これからたくさんぶつかり、傷つけ合う、最悪の相性の二人なのかもしれない、と。その上で、それでも一緒に、互いを鍛え合う『修行』の道を選んでくれるかと、聞いてみます」
もし、それで彼女に愛想を尽かされたら、それはそれで仕方がない、と祐介は言った。その顔は、不思議と晴れやかじゃった。迷いの霧が晴れ、己の進むべき道筋が、ぼんやりと見えてきたのかもしれん。
「ふん。好きにするがいい」
儂は素っ気なく言って、立ち上がった。
「もう良いだろう。さっさと帰れ。儂はこれから、明日の素焼きの準備がある」
「はい! 先生、本日は本当に、ありがとうございました!」
深々と頭を下げ、祐介は工房を出て行った。軋む引き戸が閉まると、また元の、湿気を含んだ静けさが戻ってきた。
儂は一人、作業台に残された腕輪の箱に目をやった。
「F4242 グッチ 750WG無垢ブレスレット。17cm、23.85グラム…」
スペックの羅列。しかし、それはもはや、ただの記号ではない。
これから始まる、一つの壮絶な物語の、序章を飾るにふさわしい、見事な道具じゃ。
相性の悪い相手と添い遂げることこそが、修行であり、生まれてきた意味。
儂は、亡き妻の顔を思い浮かべながら、ふっと笑った。あいつが聞いたら、また「馬鹿なこと言って」と笑うだろうか。
いや、きっとこう言うに違いない。
「当たり前のことでしょう。あなたみたいな面倒な男と、三十年も一緒にいてあげたんですから」と。
儂は轆轤の前に座り直し、新しい土塊を据えた。
これから焼くのは、夫婦湯呑。
一つは、少し大きく、無骨で。
もう一つは、少し小さく、凛として。
二つ並べば、どこか不釣り合いで、ちぐはぐで。
それでいて、これ以上なくしっくりとくるような。
そんな、一対の器を。
鎌倉の谷戸の奥、儂の工房には、土を捏ねる音と、まだ微かに残る鮎の香ばしい匂いだけが満ちていた。

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