土佐山内家旧蔵 一文字宗吉後鳥羽上皇御番鍛冶 本阿弥忠敬折紙・添状・鞘書 東京刀剣美術倶楽部折紙 本邦初公開 昭和26年大名登録
★一文字宗吉は鎌倉時代初期に活躍しました。後鳥羽上皇が諸国の名工を集めて作刀した
御番鍛冶に選ばれています。最高の栄誉に浴した福岡一文字派を代表する名工です。
作風は備前物が直刃調小乱れという古備前から丁子を主調とする一文字派へ移行する過渡期を
示した作風であり、丁子がやや目立って華やかになっているのが特徴とされます。
気品を備えながらも力強さのある見事な姿をしていると思います。
★本品は鍛えは小板目肌に流れ肌や杢目肌が交じり、地沸がよくついて、映りの現れる
丁子を主調に焼きが所々高く華やかになり、匂深く、匂勝ちに小沸がついて、
足や葉が入って、豊富な働きが現れて刃がとても明るく冴えています。
帽子は乱れ込んでいます。茎は大磨上無銘です。昭和26年大名登録品です。
折紙と添状、鞘書は明治期に活躍した本阿弥忠敬です。土佐山内家伝来で添状には
当時の当主であった山内豊景宛に発行されています。本阿弥忠敬が審査長であった
東京刀剣美術倶楽部の認定折紙が付属しており山内家伝来である旨が書かれています。
本作の出来は歴史的な傑作であり伝来も兼ね備えた日本文化財を代表する一振りではないかと思います。
★山内 豊景は・・明治8年~昭和32年は、日本の華族、陸軍軍人。侯爵。最終階級は陸軍少佐。
1875年(明治8年)9月9日、土佐藩最後の藩主・侯爵山内豊範の長子として誕生する。
1886年(明治19年)9月、父の死去により襲爵する。その後、フランスに留学した。
1899年(明治32年)11月、陸軍士官学校(11期)を卒業。1900年(明治33年)6月に陸軍歩兵少尉任官、
のち陸軍少佐にまで昇進する。日露戦争に従軍し功を立てる。
1900年(明治33年)8月21日、満25歳に達し貴族院侯爵議員に就任し
1946年(昭和21年)5月8日まで在職した。1901年(明治34年)伏見宮貞愛親王の長女禎子と結婚する。
土佐山内家初代藩主は有名な武人の山内一豊です
★東京美術倶楽部は・創業100有余年の歴史を持つ東京美術倶楽部は、
日本美術業界で最古のグループです。美術に対する正しい認識と理解の普及を図ることを目的として、
日本の優れた美術品の保存、活用を行う施設を有します。
東京都港区新橋6丁目19-15御成門駅徒歩2分
★折紙の忠敬は・本阿弥光賀の門人で光賀が明治20年(1887年)6月29日没した為
光賀の跡を忠敬が本阿弥を継ぐ。
●落札後は返品出来ませんので不明の点は必ずご質問頂き、無き場合のご入札は貴方様の責任とご判断とご鑑定でお願い致します。
「悪い評価の多い方」・・「新規の方」の入札は出来ません・・★但し質問欄に購入意志有りを明示下さい・・ご入札出来ます●
刃切れは委託出品付お届け日から7日以内にご連絡頂きましたもののみとさせて頂きます。
★落札購入後、銃砲刀剣類所持等取締法 第14条に基づき20日以内に登録証を発行した
前所有者と住所を御連絡致しますので、都道府県の教育委員会あてに所有者変更の届け出を行ってください。
落札後旧所有者の氏名住所を記載し連絡致します、お手続きは落札者様ご自身でお願い致します。
この刀は都道府県の教育委員会に登録されており、美術品として認定されておりますので所持に関しての問題はございません。
★刃切れは有りませんが経年による微かな、汚れ・劣化・変色・傷・錆・ヒケ等が有る場合もありますが、画像をご確認いただきご判断ください。
長さ/ 67,8cm 反り/ 1,5cm 目釘穴/ 2 個
元幅:約2.8cm 元重:約0,5cm 先幅:約2.0cm 先重:約0,4cm 刀身重量:約742g
計測数値の誤差はご容赦下さい。
刀袋は御付致します。
●ゆうパック着払い発送・・・・・(50万円以上の御品)は・・・・佐川急便・元払い発送です。