直筆原稿】小説家・濱本浩(悲恋の画家) *台紙貼付/検;サイン署名本エッセイ随筆小説家作家文学


台紙に直筆原稿が貼付けてます。完結している場合と冒頭のみの場合があります。出版また編集関係の旧蔵品と思われます。台紙のサイズは約29x19㎝。詳細は画像を参照して下さい。 濱本 浩プロフィール】はまもと ひろし、1891年(明治24年)4月20日 - 1959年(昭和34年)3月12日は、日本の作家。 愛媛県松山市生まれ。高知市出身。同志社中学部中退。博文館の『中学世界』訪問記者、改造社編集部員。谷崎潤一郎の担当編集者として知遇を得、改造社を退社して作家活動に入り、1934年「十二階下の少年達」で注目される。1935-1937年の第1回から第7回までの直木賞候補(長谷川幸延と最多記録タイ)。1938年「浅草の灯」で第1回新潮社文芸賞第二部大衆文芸賞受賞。中間小説、時代小説で活躍した。 台紙に直筆原稿が貼付けてます。完結している場合と冒頭のみの場合があります。出版また編集関係の旧蔵品と思われます。台紙のサイズは約29x19㎝。詳細は画像を参照して下さい。 南部 圭之助プロフィール】なんぶ けいのすけ、1904年4月5日 - 1987年10月26日は、日本の映画雑誌編集者、映画評論家。本名、荒木誠太郎。 東京都出身。慶應義塾大学在学中から雑誌「映画世界」編集長を務める。1930年に大学を中退し、パラマウント日本支社興業宣伝部に入社。松竹洋画部宣伝部長を経て、1933年に外国映画と松竹歌劇団を中心とした雑誌『スタア』を創刊。スマートな誌面で人気を集める。南部のファンだった淀川長治も一時、編集部員として参加している。 戦後は雑誌『世界映画』を主宰。また、映画評論家として、その映画の美的センスを重要視した評論活動を行い、「ナンケイ」の愛称で人気を博した。 一方で、演劇、邦楽、演芸などに通じており、国立演芸場運営委員長を務めた。市川昆監督のドキュメンタリー映画『東京オリンピック』のプロデュースも担当している。 1973年に紫綬褒章受章。